| ピノイロックを支えたカリスマ・ベーシスト Dondi Ledesma |
| 2010年 4月 09日(金曜日) 15:30 |
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1987年にソロアルバムを発売して、何度かライブを行い、そろそろ次のアルバムの制作に取り掛かろうとしていた1988年、私は新しい演奏メンバーの募集を行っていました。その時、当時利用していたリハーサルスタジオの管理人から紹介されたのがイロイロ市出身のベーシスト、ドンディ・レデスマでした。 彼の演奏技術はそれまで現地では見たことがないほどの腕前だったのですが、それ以上に見かけによらない温厚な性格と音楽への姿勢に大変興味を持ちました。 その後、私は The Dawn に加入することになり、結局「次作」の制作は休止になりましたが、いずれ来る機会を想定して、彼とは交流を続けていました。 ドンディは盗作を恐れて業界の人間をとても嫌っていて、たくさん蓄えていたオリジナル曲を世に出すにも、人に預けたくないと言っていました。せっかくの才能がとてももったいないと思っていたのは私だけではないはずです。 そんな彼もインターネットが普及しはじめた早い時期からネットを活用して自己制作アルバムの販売を行い、巷でも知名度をどんどん上げていきました。その後、ピノイロックの王御所であるウォーリー・ゴンザレスやぺぺ・スミスなどと交流のあった彼は、凄腕セッションミュージシャンとして名を馳せていきます。 私が最後に会ったのは、2005年に私がマネージメントをしていた Kinkyhooters のデモ音源のミキシングを担当してもらったときでしたが、2009年2月24日に彼は病気のため永眠しました。 2010年の今年は生きていれば51歳。彼の名はフィリピンのロック界で語り継がれていくことだろうと思います。 Dondi Ledesma の遺作「FULCRUM」から "Exclude" Bass Concerto No. 3 |
| 最終更新 2010年 4月 09日(金曜日) 15:41 |